Research highlight

9. アッカド帝国崩壊の原因をサンゴの化石から解明

    ~サンゴの化石から復元した月単位の古気候記録の証拠~

本研究成果は,2019 年10 ⽉2 ⽇(⽔)公開のGeology 誌に掲載されました。

研究論文名:Oman corals suggest that a stronger winter shamal season caused the Akkadian Empire(Mesopotamia)collapse(オマーン産サンゴ記録が⽰唆したメソポタミア地域,アッカド帝国崩壊の原因)

著者:渡邉貴昭1,渡邊 剛2,3,⼭崎敦⼦3,4,Miriam Pfeiffer51 北海道⼤学⼤学院理学院,2 北海道⼤学⼤学院理学研究院,3NPO 法⼈喜界島サンゴ礁科学研究所,4 九州⼤学⼤学院理学研究院,5 キール⼤学)

 

研究成果の概要

西アジアのメソポタミア地域(現在のシリアやイラク)で発達したメソポタミア文明では、約4600年前に初の帝国であるアッカド帝国が建国されました。その後も反映を続けましたが、この帝国は約4200年前に滅亡してしまいます。これまでの考古調査や古気候の復元記録の結果では、気候変動がこの帝国の滅亡に寄与したことが示唆されています。

研究グループは,オマーン産の造礁性サンゴ*1 の化⽯の酸素安定同位体⽐*2 やSr/Ca ⽐*3(ストロンチウム/カルシウム⽐)を分析し,4,500〜2,900 年前の海⽔温・塩分変動を復元した結果,約4,100年前の冬は他の時代と⽐べて極めて乾燥・寒冷であったことを解明しました。この乾燥・寒冷な気候により,アッカド帝国の農業社会は不振に陥り,帝国が滅亡したことが⽰唆されました。

 

論文発表の概要

 

【背景】

⻄アジアのチグリス・ユーフラテス川流域で発達したメソポタミア⽂明では,約4,600 年前に初の帝国であるアッカド帝国が建国されました(図1)。この帝国は,冬の⾬季を利⽤した天⽔・灌漑農業を発展させ繁栄していましたが,建国から約400 年後の4,200 年前に崩壊してしまいます。

これまでに,考古調査と堆積物の柱状試料や鍾乳⽯を⽤いた古気候復元の結果では,帝国の崩壊には乾燥化が影響したことが⽰唆されています。⼀⽅で,この乾燥化の気候のメカニズムやメソポタミア地域の社会への影響は解明できていませんでした。

そこで,研究グループは⽉以上の時間解像度で古気候を復元できる化⽯の造礁サンゴ⾻格に注⽬し,化⽯造礁サンゴの⾻格から季節ごとに古気候を復元しました。化⽯から復元した気候変動と,現在も⽣きている造礁サンゴから復元した現在の気候変動と⽐較することで,帝国が崩壊した時代の気候と,その社会への影響を検討しました。

 

【研究手法】

研究グループは,アラビア半島,オマーン北⻄部の沿岸で造礁性サンゴの化⽯群を発⾒しました(1 ページ⽬写真)。このサンゴ化⽯を研究室に持ち帰り,放射性炭素年代測定*4 を⽤いたところ,約4,100 年前を含む4,500〜2,900 年前に⽣息したサンゴであることがわかりました。また,2 週間に相当する年輪ごとに区切って化学分析(酸素安定同位体⽐,Sr/Ca ⽐)を⾏いました(図2(A))。サンゴの⾻格には,樹⽊のように年輪が刻まれており,過去の⼤気・海洋の環境変動が1 週間〜1 ヶ⽉間程度の細かい精度で記録されています。

さらに,サンゴ⾻格中の化学組成の変化からわかる海⽔温・塩分変動を基に,アッカド帝国が崩壊した時代の気候変動を復元しました。このようにサンゴ化⽯から復元した気候変動を,現⽣サンゴからわかる現在の気候変動及び観測記録と⽐較しました。

 

【研究成果】

約4,100年前の化⽯サンゴには,他の時代と⽐べてオマーン北⻄部の気候が冬に寒冷であったことが記録されていました(図2(B))。この約4,100年前の冬の異常気象は,2〜3 ヶ⽉間程度継続していました。しかし,冬の異常気象は約4,100年前以降には確認されず,現在に似た気候であったと考えられます。また,現⽣の造礁性サンゴ⾻格の柱状試料から復元した過去26年間の冬の海⽔温・塩分変動を解析したところ,⻄アジアの地域⾵(シャマール)が冬に頻発するほど,オマーン北⻄部は冬に寒冷で低塩分化することがわかりました(図3)。シャマールは⻄アジア地域からアラビア半島に吹き下す⾵で,⻄アジア地域の乾燥を深刻化させ,砂嵐を引き起こします。

現⽣サンゴの記録との⽐較から,アッカド帝国が崩壊していた約4,100年前は,冬にシャマールの頻度が増⼤していたことが⽰唆されました。冬のシャマールの頻発によって発⽣するメソポタミア地域の乾燥化と砂嵐は,冬の⾬季に農業を営むアッカド帝国の社会・農業システムに深刻な影響を与えたと考えられ,具体的には乾燥に伴う農業の困難化と飢饉の発⽣や,砂嵐の多発による健康被害の発⽣などが挙げられます。この結果,アッカド帝国は死亡率と移⺠の増加により崩壊へとつながったと考えられます。この約4,100年前の冬の異常気象は,約3,600年前には収束しており,安定した気候となったメソポタミア地域では再び繁栄が始まりました。

 

【今後への期待】

本研究では,季節ごとの⾼い時間解像度をもつサンゴの古気候記録を基に,気候変動が古代⽂明とその社会に与える影響を解明することに成功しました。季節変動は⼈類の⽣活(農業など)に直結する気候変動であるため,サンゴ記録と考古学との学際的な研究は,気候変動が過去・現在の社会にどのように寄与するかを解明する⼀歩になると期待されます。

図1.試料の採取場所(星印)。⽩×印はアッカド帝国の⾸都の役割を担っていたとされる都市(テル-レイラン)の場所を⽰す。

 

図2.
(A)化⽯サンゴから分析した各時代における酸素同位体⽐とSr/Ca ⽐。
(B)化⽯サンゴから復元した冬の気候とアッカド帝国周辺の遺跡の⾯積。
化⽯サンゴは約4,100年前の気候イベントを記録しており,約4,200年前にアッカド帝国周辺の遺跡の⾯積が減少している。

 

図3.オマーン北東部で採取された現⽣サンゴから復元した冬の気候とシャマールの発⽣頻度。シャマールが発⽣するほど,寒冷になる傾向にある。現在の気候において,シャマールが引き起こす砂嵐や乾燥化が中東地域の農業⽣産・健康被害に影響を与えることが指摘されている。

 

【用語解説】

*1 造礁性サンゴ … サンゴの中でも,体内に褐⾍藻(かっちゅうそう)と呼ばれる藻を共⽣させることで⾻格の成⻑速度を速めているサンゴのこと。造礁性サンゴは,共⽣している褐⾍藻が光合成で得たエネルギーを利⽤することで,⾻格の成⻑速度を速めている。造礁性サンゴの⾻格は炭酸カルシウムからなり,樹⽊の年輪のような⾻格を形成する。この年輪に沿って化学分析を⾏うことで,1 週間〜1 ヶ⽉程度の細かい精度で古環境を復元できる。サンゴの死後,⾻格が化⽯として保存されるため,サンゴが⽣きていた時代の古環境を復元できる。

*2 酸素安定同位体⽐ … 酸素には質量数16,17,18 の3 つの酸素安定同位体⽐が存在する。造礁性サンゴなどの炭酸カルシウム⾻格は,質量数16 の酸素に対する質量数18 の酸素の割合(酸素同位体⽐)が⾻格形成時の⽔温や海⽔の酸素同位体⽐(塩分指標)に依存することが知られている。このため,海⽔温のみに依存する他の指標(例えばSr/Ca ⽐)と組み合わせて検証することで海⽔の酸素同位体⽐(塩分指標)を復元できる。

*3 Sr/Ca ⽐ … 造礁性サンゴ⾻格中の陽イオンはほぼカルシウムイオン(Ca2+)であるが,ごくわずかに別の元素も含まれている。例えば,ストロンチウムイオン(Sr2+)が造礁性サンゴ⾻格に取り込まれる割合は,⾻格形成時の海⽔温に依存することが知られているため,⾻格中のSr とCa の⽐を検証することで,過去の海⽔温を調べることができる。

*4 放射性炭素年代測定 … 多くの動物・植物が体内に持つ炭素の放射性同位体を⽤いた年代測定法。⽣物の死後に新たな炭素の供給が⽌まり,放射性炭素同位体が⼀定の半減期で存在⽐率が減少していく。この性質を利⽤し,化⽯や考古遺物に残った放射性炭素同位体の量から年代を算出する⼿法。