Research highlight

8. 地球温暖化が西インド洋の気候システムに与えた影響を解明

     ~オマーン産サンゴから地球温暖化停滞時におけるインド洋ダイポール現象を復元~

本研究成果は,英国時間 2019 年2月14日(木)公開の Scientific Reports 誌に掲載されました。

研究論文名:Oman coral δ18O seawater record suggests that Western Indian Ocean upwelling uncouples from the Indian Ocean Dipole during the global-warming hiatus(オマーン産サンゴ記録から復元した地球温暖化の停滞下でのインド洋ダイポール現象の応答)

著者:渡邉貴昭1,渡邊 剛2,3,山崎敦子3,4,Miriam Pfeiffer5,Michel R Claereboudt61北海道大学大学院理学院,2北海道大学大学院理学研究院,3NPO法人喜界島サンゴ礁科学研究所, 4九州大学大学院理学研究院,5キール大学,6スルタン・カブース大学)

 

研究成果の概要

インド洋ダイポール現象は、数年周期で発生するインド洋の大気と海洋の相互作用のことです。インド洋ダイポール現象発生時、西インド洋で平年よりも多雨・温暖化、東インド洋で乾燥・寒冷化し、インド洋周辺諸国の社会に重大な影響を及ぼします。20世紀に確認された地球温暖化に伴って、インド洋ダイポール現象の発生頻度が増加していることが知られていましたが、1990年代後半から確認されていた地球温暖化の停滞がインド洋ダイポール現象へ与えた影響は未解明でした。

研究グループは,オマーン産の造礁性サンゴ*1 ⾻格中の酸素安定同位体⽐*2 やSr/Ca ⽐*3(ストロンチウム/カルシウム⽐)を⽤いて,過去26 年分の⻄インド洋の海⽔温・塩分変動を調査しました。

その結果、地球温暖化の停滞時、西インド洋の海水温はインド洋ダイポール現象とは独立的に変化し、低下していたことが示唆されました。

 

論文発表の概要

 

【背景】

数年周期で,⻄インド洋では多⾬・温暖化,東インド洋では乾燥・寒冷化することが知られており, この変化を引き起こす現象をインド洋ダイポール現象といいます。インド洋ダイポール現象は,数年周期で発⽣するインド洋での⼤気と海洋の相互作⽤で,発⽣するとインド洋周辺諸国で⼲ばつ,⼭⽕事,洪⽔などの重⼤な影響を及ぼします(図 1)。

これまでに,インド洋の造礁性サンゴ記録を⽤いた研究で,20 世紀の地球温暖化に伴ってインド洋ダイポールの発⽣頻度は増加し,⻄インド洋の多⾬・温暖化,東インド洋の乾燥・寒冷化が激化していたことが明らかになっています。⼀⽅で,近年の気温・海⽔温観測では,1990 年代後半から 2015 〜2016 年までの間に地球温暖化が停滞していたことが明らかになり,太平洋やインド洋など広い範囲で気温や降⽔量に影響を与えたことが⽰唆されています。

地球温暖化の停滞現象は,インド洋ダイポール現象を停滞させていた可能性がありました。

 

【研究手法】

研究グループは,北⻄インド洋のオマーン湾に⽣息する造礁性サンゴ群体から,⻑さ 71cm の⾻格柱状試料を採取し,2 週間に相当する年輪ごとに区切って化学分析(酸素安定同位体⽐,Sr/Ca ⽐) を⾏いました(図 2)。サンゴの⾻格には樹⽊のように年輪が刻まれており,過去の⼤気・海洋の環境変動が 1 週間〜1 ヶ⽉間程度の細かい精度で記録されています。サンゴ⾻格中の化学組成の変化からわかる海⽔温・塩分変動を基に,地球温暖化の停滞現象,北⻄インド洋オマーン湾の気候及びインド洋ダイポール現象の関係を調査しました。

 

【研究成果】

造礁性サンゴ⾻格の柱状試料には,過去 26 年間の海⽔温・塩分変動が記録されていました(図 3)。この記録を検証した結果,1996 年に海⽔温の平均値の減少(レジームシフト)と,1999 年に塩分の平均値の減少が確認されました。この平均値の減少時期は,地球温暖化の開始時期に⼀致しており,この影響を受けたと考えられます。

次に,地球温暖化の停滞前後において,インド洋ダイポール現象発⽣の有無による北⻄インド洋オマーン湾の海⽔温・塩分の季節変化の違いを検討しました(図4)。その結果,地球温暖化中はインド洋ダイポール現象が発⽣した年の夏よりも,発⽣していない年の夏の⽅が塩分・海⽔温が低いことがわかりました。これは地球温暖化の停滞時には確認されませんでした。また,1999 年以前の地球温暖化時において,活発だったインド洋ダイポール現象の発⽣に合わせて,⻄インド洋の海⽔温が変化していました。この海⽔温の変化がインド洋モンスーン*4 を介してオマーンへと伝わったと考えられます(図5)

⼀⽅で,地球温暖化停滞時は,インド洋ダイポール現象の発⽣の有無にかかわらず,インド洋モンスーンは強い状態を維持しており,⻄インド洋の海⽔温は低かったと考えられます。

このことから,地球温暖化の停滞時に,⻄インド洋の海⽔温がインド洋ダイポール現象と独⽴して変動し,低下していたことが明らかになりました。

 

【今後への期待】

近年では地球温暖化の停滞が終わり,再び温暖化傾向にあると考えられています。過去の表層気温が異なる時代に本研究を応⽤することで,インド洋の気候変動メカニズムへの理解が深まることが期待されます。

図1.インド洋ダイポール現象発⽣時の海⽔温偏差(偏差:平均値との差)と降⽔量偏差。⾚い地域では平年よりも海⽔温が⾼く,降⽔量が少ないことを⽰す(★印は本研究の試料採取地)。

 

図2.採取したサンゴの⾻格柱状試料の軟X 線画像。⽩線部位から粉末試料を採取し,化学分析に使⽤した。

 

図3.観測記録とサンゴ⾻格の化学分析記録。
(a)全地球(全球)の表層気温。1999 年までは気温は温暖化傾向にあるのに対し,1999 年以降は温暖化傾向は確認されない。
(b)サンゴ⾻格のSr/Ca ⽐から復元した海⽔温変動。サンゴ⾻格は海⽔温の季節変動を正確に反映するため,Sr/Ca ⽐の変動を参考にして,他の指標に⽇付をつけることができる。⾚線は海⽔温変動がレジームシフトした時期を統計的に⽰すための指標(レジームシフト指数)を⽰す。
(c)サンゴ⾻格の酸素同位体⽐及びSr/Ca ⽐から計算した海⽔の酸素同位体⽐。海⽔の酸素同位体⽐は塩分のみの指標となる。⾚線は塩分変動のレジームシフト指数を⽰す。
(d)インド洋ダイポール現象の指数。値が⾼い時にインド洋ダイポール現象が発⽣していたことを⽰す。
(e)東⻄インド洋の海⽔温変動。東⻄インド洋の海⽔温差からインド洋ダイポール現象の指数を算出する。

 

図4.地球温暖化傾向中及び地球温暖化停滞中のインド洋ダイポール現象発⽣年・翌年(⾚線)とそれ以外の年(通常年:⻘線)の海⽔温(上図)と塩分(下図)の季節変動の平均を⽰す。地球温暖化中において,インド洋ダイポール現象発⽣年の⽅が通常年よりも海⽔温塩分変動が⾼く(⻘網部),地球温暖化の停滞中にはこれが確認されなくなる。

 

図5.地球温暖化の停滞がインド洋ダイポール現象とオマーン産サンゴ記録に与えるメカニズム。⾚い地域ほど海⽔温が⾼く,⻘い地域ほど低いことを⽰す。
上図:地球温暖化傾向中を⽰し,インド洋ダイポール現象の状態の変化に合わせて,⻄インド洋の海⽔温は変化していた。インド洋モンスーンも強弱を変化させていた。このため,インド洋ダイポール現象時のオマーンの夏の海⽔温・塩分は低下していた。
下図:地球温暖化の停滞中には,地球温暖化を停滞させた要因である太平洋の⼤規模な⼤気海洋の相互作⽤(太平洋数⼗年規模振動)がインド洋-太平洋の⾚道上の東⻄⽅向の⾵循環(ウォーカー循環)を介して伝わり,⻄インド洋の湧昇流*5 が活発になったと考えられる。⻄インド洋で湧昇流が活発になった結果,インド洋ダイポール現象の状態にかかわらず⻄インド洋の海⽔温は低下していた。この結果,インド洋モンスーンは恒常的に強くなったためにオマーンの夏の海⽔温・塩分はインド洋ダイポール現象の状態にかかわらず低かった。

 

【用語解説】

*1 造礁性サンゴ … サンゴの中でも,体内に褐⾍藻(かっちゅうそう)と呼ばれる藻を共⽣させることで⾻格の成⻑速度を速めている造礁性サンゴのこと。造礁性サンゴは,共⽣している褐⾍藻が光合成で得たエネルギーを利⽤することで,⾻格の成⻑速度を速めている。造礁性サンゴの⾻格は炭酸カルシウムからなり,樹⽊の年輪のような⾻格を形成する。この年輪に沿って化学分析を⾏うことで,1 週間〜1 ヶ⽉程度の細かい精度で古環境を復元できる。

*2 酸素安定同位体⽐ … 酸素には質量数16,17,18 の3 つの酸素安定同位体⽐が存在する。造礁性サンゴなどの炭酸カルシウム⾻格は質量数16 の酸素に対する質量数18 の酸素の割合(酸素同位体⽐)が⾻格形成時の⽔温や海⽔の酸素同位体⽐(塩分指標)に依存することが知られている。このため,海⽔温のみに依存する他の指標(例えばSr/Ca ⽐)と組み合わせて検証することで海⽔の酸素同位体⽐(塩分指標)を復元できる。

*3 Sr/Ca ⽐ … 造礁性サンゴ⾻格中の陽イオンはほぼカルシウムイオン(Ca2+)であるが,ごくわずかに別の元素も含まれている。たとえば,ストロンチムイオン(Sr2+)が造礁性サンゴ⾻格に取り込まれる割合は,⾻格形成時の海⽔温に依存することが知られているため,⾻格中のSr とCa の⽐を検証することで,過去の海⽔温を調べることができる。

*4 インド洋モンスーン … 季節変化するインド洋の⾵。特に夏には強い⾵がインド洋からインドに向かって吹き,インド洋で夏に⾬を降らせるため,気候学・社会学的に重要な気候要素である。アラビア海では夏のインド洋モンスーンの影響を受けて湧昇流が発⽣する。

*5 湧昇流(ゆうしょうりゅう) … 海洋において,海⽔が深層から表層に湧き上がる現象のこと。