Research highlight

5. 20世紀の黒潮流量の長期復元に世界で初めて成功

本研究の成果は、学術誌 Paleocenography に掲載されました。公表日:米国東部時間2016年6月27日(月)

研究論文名:A 150-year variation of the Kuroshio transport inferred from coral nitrogen isotope signature(造礁サンゴ骨格の窒素同位体比から復元された過去150年間の黒潮流量の変動) 著者:山崎敦子1,2,3,渡邊 剛1,2,角皆 潤4, 岩瀬文人5,6, 山野博哉7(1.北海道大学,2.喜界島サンゴ礁科学研究所,3.東京大学大気海洋研究所,4.名古屋大学,5.黒潮生物研究所,6. 四国海と生き物研究室, 7.国立環境研究所)    

 

研究成果の概要
 世界最大級の海流である黒潮は熱帯から温帯へと大量の熱を運び,北太平洋の気候へ大きな影響を与えてきました。また黒潮は日本の太平洋沿岸を流れ,その流量の変動は漁業にも影響すると考えられています。本研究では,黒潮が流れ込む高知県土佐清水市竜串湾に生息する北限域の造礁サンゴの骨格から,過去150年間の黒潮流量の変化を復元しました。その結果,20世紀を通じて黒潮流量は変動幅が小さくなっており,流量が増大・安定している傾向にあることを示しました。また,流量の変動は北太平洋の気候変動であるエルニーニョ・南方振動(ENSO)と太平洋十年規模振動(PDO)の両者の影響を受けて変化していることを発見しました。

 

論文発表の概要
(背景)
 世界最大級の海流である黒潮は熱帯から温帯へと大量の熱を運び,北太平洋及び全球的な気候変動に大きな影響を与えてきたと考えられています。また黒潮は多くの海洋生物をのせて日本の太平洋沿岸を流れており,その流量の変動は日本の漁業にも影響すると考えられています。日本ではその重要性から,黒潮流量の観測が1970年から行われてきましたが,これまで長期記録がなかったため,黒潮流量と温暖化そして気候変動がどのように関係するのかは明らかになっていませんでした。本研究では,造礁サンゴの骨格記録から黒潮流量の変動を過去150年間にわたって解析し,北太平洋の代表的な気候変動であるエルニーニョ・南方振動(ENSO)※1及び太平洋十年規模振動(PDO)※2の変化と比較しました。
(研究手法)
 造礁サンゴの骨格には樹木のように年輪が刻まれ,過去の大気/海洋の環境変動が数週間という高時間解像度で記録されています。研究グループは,高知県土佐清水市竜串湾に生息する直径約1.5mの造礁サンゴ群体の骨格コアを採取し,年輪の成長報告に沿って化学分析を行いました。黒潮が流れる日本沿岸は乱流が発生し,硝酸塩が豊富な中深層の海水を表層へ巻き上げます。その硝酸塩の窒素同位体比組成の変化を表層に棲むサンゴ骨格から抽出し,その変動を調べたところ,観測されてきた黒潮流量の変動と良い相関関係にあることを発見しました。そこで,同じサンゴ骨格コアの窒素同位体比変動を過去150年に遡って分析し,黒潮流量の変動を復元しました。
(研究成果)
 本研究ではこれまで約40年間観測されてきた黒潮流量の変動記録をサンゴ骨格の化学組成を解析することにより大幅に延長し,北太平洋の長周期気候変動との関係を初めて明らかにしました。黒潮流量の変動には,150年間を通じて過去4回,大幅に減少する現象が見られました。このタイミングはアリューシャン低気圧の減少期と一致していました。さらに,黒潮流量の変動幅が150年間で小さくなっており,流量が増大した状態で安定傾向にあることを示しました。また,黒潮流量の増減はENSO及びPDOに影響されている可能性を示しました。20世紀初頭,黒潮流量はラニーニャの発生時に増大しており,貿易風の強弱により変動していました。しかし,1920年代以降はPDO指数と良い相関関係にあり,PDOが正モードの時に増大している傾向が見られました。これは熱帯太平洋東岸の水温が上昇する時に北赤道海流が北上することにより,北西太平洋の台湾以北で黒潮流量が増大するという先行研究の報告と一致していました。また1960年代以降は,PDOの正モードとエルニーニョが発生した時に黒潮流量が増大していることを示しました。
(今後への期待)
 本研究の成果は,温暖化が進んできた20世紀の黒潮の挙動を初めて直接的に示したものです。今後,本研究の成果は,北太平洋の大気海洋相互作用及び気候変動のメカニズムを理解する上で重要な知見になると思われます。

図1 
(左)サンゴ骨格コアの軟X線画像。白黒のバンドは,季節による骨格密度の違いによるもの。1年に1本形成される。
(右)サンゴ骨格コアの酸素同位体比組成の変化。水温の季節変動を示し,週~月単位でサンゴ骨格に過去の海洋環境が記録されている。

 

 

図2 サンゴ骨格の窒素同位体比の変動とENSO,PDO指数の比較
(A)1859年から2008年までのサンゴ骨格コアの窒素同位体比変動。
(B)サンゴ骨格コアの窒素同位体比変動から過去150年間の平均値を引いたグラフ。黒潮流量の増減を示している。
(C)サンゴ骨格コアの窒素同位体比と太平洋熱帯域に定められたエルニーニョ監視海域(NINO3.4)の水温の同調性を示した図。
1900年代初期のラニーニャ時に黒潮流量が増大し,1960年代以降エルニーニョ時に黒潮流量が増大したことを示す。
(D)サンゴ骨格コアの窒素同位体比とPDO指数の同調性を示した図。
1920年代以降PDOが正のモードの時に黒潮流量が増大していることを示す。

 

図 3 黒潮流量が増大した時の気候変動パターンの模式図
1900年代~1920年代:ラニーニャの時に北赤道海流が強化され,黒潮流量が増大。
1923年~1943年:PDOが正モードの時に,アリューシャン低気圧の強化及び北赤道海流の北上により黒潮流量が増大。
1976年~1999年:PDOが正モードの時に黒潮流量が増大するとともに,エルニーニョの発生と同じ周期で黒潮流量が増大。

[用語解説]
※1 エルニーニョ・南方振動(El Niño-Southern Oscillation;ENSO) 赤道付近の太平洋の東西において大気では海面の気圧が,海洋では水温や海流が,シーソーのように変化する現象。エルニーニョ時には貿易風が弱まり,太平洋西部の暖水塊が東進してペルー沖に達する。ラニーニャの期間には,暖水塊が存在するために西太平洋の海水温は常に高く,降水は量と変動ともに大きい。観測記録がある間では3~7年の周期で起きている。現在では,海洋では太平洋の赤道付近にブイや衛星によるエルニーニョ時の水温異常を監視する海域(太平洋西部の海域;NINO.4海域,太平洋東部の海域;NINO.3海域)が設置されている。また,大気においては南太平洋のタヒチとオーストラリアのダーウィンの気圧の差(南方振動指数;Southern Oscillation Index;SOI)がENSOの指標とされている。
※2 太平洋十年規模振動(Pacific Decadal Oscillation) 北太平洋の海水温にみられる十年~数十年規模の変動。北太平洋中央部で海水温が低い時には東太平洋沿岸において海水温が高くなり(正モード),十年~数十年規模でシーソーのように変化する。北太平洋の鮭の漁獲量の変動により発見された。この気候変動パターンは大気,海洋を通じて太平洋沿岸の天候へ伝搬すると考えられている。