Research highlight

1. 貧栄養海域でサンゴ礁が形成される謎 ーサンゴ骨格を用いた栄養塩起源の推定法ー

本研究の成果は、以下の学術誌に掲載されました。
Yamazaki, A., T. Watanabe, and U. Tsunogai (2011) Nitrogen isotopes of organic nitrogen in reef coral skeletons as a proxy of tropical nutrient dynamics, Geophys. Res. Lett., 38, L19605, doi:10.1029/2011GL049053.
Yamazaki, A., T. Watanabe, N. Ogawa, N. Ohkouchi, K. Shirai, M. Toratani, and M. Uematsu (2011) Seasonal variations in the nitrogen isotope composition of Okinotori coral in the tropical Western Pacific: A new proxy for marine nitrate dynamics, J. Geophys. Res., 116, G04005, doi:10.1029/2011JG001697.

 

参考図1:サンゴ礁の分布(緑色)と海洋表層の硝酸濃度の分布。
サンゴ礁は硝酸濃度が低い(白い部分)に分布している

熱帯・亜熱帯の海は全海洋の75%以上を占めますが、生物生産に不可欠な栄養塩(生物の生育に必要な元素—窒素、リン、ケイ素)が少なく、栄養塩の観測に困難が伴います。しかし、熱帯・亜熱帯域に分布するサンゴ礁は貧栄養海域にありながら、豊かな生態系を育んでいます。本研究では栄養塩が少ない中で、サンゴをはじめとするサンゴ礁の生物が取り入れる栄養塩がどこから来ているのか、サンゴ骨格の化学分析から明らかにしようと試みました。

本研究ではサンゴ骨格に微量に含まれる有機物の窒素同位体比に着目し、その測定法を開発しました。主要な栄養塩の一つである窒素の化合物はそれぞれ固有の窒素同位体比組成を持っているため、サンゴ骨格の窒素の起源物質が特定できれば、その起源物質の窒素同位体比の変動をサンゴ骨格から読み取れると考えました。

 

 

参考図2:石垣島白保サンゴ礁・轟川河口の海水硝酸とサンゴ骨格の窒素同位体比分布

石垣島の白保サンゴ礁轟川河口においてサンゴの主な窒素起源物質と考えられている海水中の硝酸とサンゴ骨格の窒素同位体比の分布を比較した結果、両者の分布が一致しました(参考図2)。

 

この結果は、過去に形成されたサンゴ骨格の化学分析から、海水中に含まれる硝酸の起源を調べることが可能であることを示唆します。そして、日本最南端の沖ノ鳥島のサンゴ骨格を用いて、窒素同位体比の季節変動を調べました。沖ノ鳥島は外洋の孤島であり、陸からの栄養塩供給がないため、サンゴはとても貧栄養の状態で生息していると考えられます。本研究で沖ノ鳥島サンゴの窒素同位体比を測定した結果、低水温の時に窒素同位体比が高くなり、高水温の時に窒素同位体比が低くなる傾向が見られました。沖ノ鳥島では低水温のときに、海水の混合が起き、栄養塩が豊富な海洋深層から表層へ、窒素同位体比の高い硝酸が運ばれていることが分かりました。また、沖ノ鳥島を通過する台風が海水を撹拌し、栄養塩が湧昇する可能性も示しました。そして、高水温(貧栄養状態)のときには、海洋表層で窒素固定が活発化し、表層の硝酸の窒素同位体比は低くなることが分かりました(参考図3)。本研究の成果から沖ノ鳥島のサンゴ礁では栄養塩が少ない状態でも生物生産が可能なシステムが存在することが分かりました。

 

参考図3:石垣島白保サンゴ礁・轟川河口の海水硝酸と
サンゴ骨格の窒素同位体比分布

造礁性サンゴの群体は数百年間もの間、生息環境を骨格に記録しています。本研究の成果により、栄養塩の観測記録が少ない海域、時代の情報が得られることが期待されます。海洋表層の栄養塩濃度は生物生産をコントロールし、大気中の二酸化炭素の濃度に大きく影響します。海洋における栄養塩濃度の推移と気候変動との関係をサンゴ骨格記録から明らかにできる可能性があります。また近年、人為起源の栄養塩負荷によるサンゴ礁の衰退が懸念されています。サンゴ骨格の窒素同位体比から、サンゴ礁を汚染する物質の起源を特定することにより、サンゴ礁汚染対策の手助けになると考えています。